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福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)642号 判決

控訴人

椎葉高廣

右訴訟代理人弁護士

松本津紀雄

被控訴人

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

西修一郎

神野義視

本田武

中原英泰

田中春男

中西勝男

林田實雄

犬童国盛

和知秀樹

右当事者間の未払賃金請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一万一八一三円及びこれに対する昭和五一年七月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に補足するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人の補足主張

1  (作業主任者の業務拒否の正当性について)

控訴人のなした作業主任者の業務拒否には、次のとおり正当の事由があったものである。

労働災害発生の危険があると信ずべき相当の理由があるときは、労働者は危険有害業務を拒否することが許され、この拒否によって労働者側に債務不履行責任は生じない。集材作業は相当の危険を伴うものであり、その安全を図るため作業主任者、班長、集材機運転手のチームワークが必要不可欠であるのに、集材機運転手に臨時の作業員を当てるという、従来かつてなかった異例かつ危険な試みがなされた。したがって、右臨時運転手に一定の安全教育が施されていることなどについてなんら知らされていなかった控訴人としては、右臨時運転手によって集材作業をなすときは労働災害発生の危険があると信じたものであり、かつ、右のとおり信ずるにつき相当の理由があったというべきであるから、控訴人の作業主任者の業務を拒否した行為には正当の理由があり、これによって控訴人に債務不履行責任の生ずべきいわれはない。

2  (業務命令の違法性について)

作業主任者は、労働災害発生の防止につき重い責任を負わされるものであることに鑑み、営林当局は、その選任にあたっては、本人の意向につき誠意をもって対処するのみならず、組合と十分意思疎通を図るべきものとするとの合意が労使間に成立していた。(四八熊協二号「作業主任者の選任に関する暫定措置についての覚書」。甲第一号証)営林当局側において、控訴人から作業の安全確保につき懸念があるとして作業主任者辞任の申出があったことについて、右合意の趣旨に照らして、十分誠意を尽し、慎重な配慮を尽していたならば、本件の如き紛争を生じなかったのである。右の配慮が足りなかったことを当局側が卒直に認め、反省を示して、本件以後に、作業主任者の選任につき具体的な改善がなされた。(『「作業主任者の選任に関する覚書」(四九林協第六号)の実施に関する専門委員会確認』。甲第八号証)この点に徴しても、本件業務命令が、控訴人からの作業主任者辞任の申出に対し、殊更、本人の意思に反し、かつ、組合との意思疎通も欠いたまま、一方的に作業主任者の業務の押し付けを計ったものであって、違法なものであったことが明らかである。

3  (作業主任者の一〇パーセント加算額の性質について)

当時、控訴人が受給していた格付賃金額は一日につき金五五一二円であり、併任で作業主任者の業務に就いた日は一〇パーセント加算額を加算された一日につき金六〇六三円であった。しかし、右一〇パーセント加算額は実際に作業主任者の業務を行った日についてしか支給されず、休務した日については右加算額の支給は受けていない。したがって、右一〇パーセント加算額は、格付賃金とは性質を異にする手当に過ぎないことは明らかである。

二  被控訴人の反論

1  控訴人の所属する牧良一班においては、昭和五一年六月に入ってから、既に度々臨時の運転手である永田屯の集材機運転によって順調に機械集材作業が行われ、その間班員から作業上の安全に関し苦情の申出がなされた事実もなく、同作業に従事した者すべてが安全に関し何ら不安を抱いていなかったのである。また、何処の作業現場においても、新規採用にせよ、他署からの配置換にせよ、集材機運転手が初対面であるから安全面に不安があるとの苦情がかつて出されたことはない。控訴人の作業主任者の業務の拒否行為になんら正当な理由にない。

仮に、控訴人主張のように、作業の安全確保のために作業主任者、班長、集材機運転手のチームワークが必要、不可欠だというのであれば、作業主任者である控訴人において、寧ろ積極的に臨時の運転手に対面し、話合うなどしてチームワークの形成を図るべきであり、そのうえで、なおかつ安全上不安があれば、それを具体的に解消する方策を検討すべきである。しかるに、控訴人は、初めから臨時運転手を拒否し、かかる努力をしようとした形跡は全く窺われない。

控訴人の作業主任者の業務拒否は、安全上の不安を口実にした、組合の新規採用の要求、臨時作業員の雇用反対のための手段に過ぎなかったといわざるをえない。

2  控訴人指摘の『「作業主任者の選任に関する覚書」(四九林協第六号)の実施に関する専門委員会確認』は、中央における作業主任者の選任についての労使間の合意を熊本営林局段階で確認するとともに、細目について取決めたものであって、本件に直接関連するものでない。

3  本件一〇パーセント加算額の性質が格付賃金であれ、手当であれ、控訴人が指示された作業に従事せず、恣意的に指示外作業を行っても、それによって賃金請求権は発生しないのであるから、控訴人は如何なる意味においても労働の対価たる本件賃金を請求することは許されない。

三  新たな立証(略)

理由

当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断するものであり、その理由は次のとおり付加し、改めるほか、原判決理由中の説示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決一九枚目表七行目の「乙第一七号証の一ないし五、」の次に「第二四号証の一ないし三」、同九行目の冒頭「〇号証の一、二、」の次に「第二二、第二三号証の各一ないし三、」同一〇行目の冒頭「梅木登茂二」の次に「当審証人椎葉靖、同那須秋紘、同日高正」、同行の「原告本人尋問の結果」の次に「当審における控訴人本人の尋問の結果(ただし、証人東紘一、同永井深吾、同椎葉靖、同那須秋紘の各証言及び控訴人本人の供述中後記採用しない部分を除く。)」をそれぞれ挿入する。

二  同一九枚目裏一三行目の「集材機運転手」から二〇枚目裏八行目の末尾までを次のとおり改める。

「後任の集材機運転手について、人事権を有する熊本営林局に対し、他署からの配置換えにより補充して貰うよう上申した。一方、署当局は、牧良一班内に、定員外の常用作業員であるけれども、営林局長から集材機使用職員の認定を受けた有資格者である椎葉靖が所属していたことから、当分の間同人に集材機運転手の業務を担当して貰うほかないとの方針を定め、昭和五〇年一〇月末ないし一一月初め頃、全林野労働組合九州地方本部多良木営林署分会(以下、単に「分会」という。)に対し、右の方針を伝えたところ、分会もこれを一応了承した。かくして、同年一二月から、椎葉靖が集材機運転手の業務に就いた。

他方、署当局と分会との間に、浜運転手の後任補充につき団体交渉が行われ、署当局側が、新規採用によることは困難であるので、他署からの配置換えによる補充を上申中であること、また、それとは別途に、セット内(同一班内)において二ないし三名の集材機運転手の交替要員を養成して補う方法によることを申入れたところ、分会側は、新規採用による後任補充を強く主張し、セット内での交代要員の養成の方法によることにも賛成しなかった。しかし、署当局は、昭和五一年三月末日の年度末までに、他署からの配置換えによる後任補充、交替運転手の養成に努力したい、なお、組合側が強く要求する新規採用による補充についても上局に上申する旨回答した。

(二) 昭和五一年三月頃、署当局は、交替運転手を養成すべく、その研修を受けさせる適任者を推薦する手配までしたが、組合側からの抗議によってそれが白紙に戻され実現不可能となり、また、同月末までに新規採用による補充はもとより、他署からの配置換えによる補充も実現しないことが判明した。

かくして、署当局は、同年四月以降も、椎葉靖に集材機運転手の業務を継続させる一方、熊本営林局に対し配転による後任補充を強く要請したが、もともと集材機運転手は地元採用者が殆んどを占めていて配置換えの少ない業種であるうえ、殊更僻地である多良木署管内への配置換えを希望する者がいないことなどから、遂に四月末に及んでも後任補充の実現ができず、同局から、当面の措置として臨時の集材機運転手を雇用して業務に就かせるよう指示された。

椎葉靖を同年六月一日以降もそのまま継続して集材機の運転に従事させることは、前記閣議決定及び林野庁長官通達の趣旨に反することとなり、それができないため、署当局は、臨時の集材機運転手を雇用してその業務に就かせることも止むをえないとの方針を定め、その人選に入る一方、同雇用問題につき分会側との折衝を再三、再四に亘り重ね、組合側の諒解をえようと努め、同年五月三一日に団体交渉が行われたものの、組合側は、臨時雇用の集材機運転手では作業上の安全確保ができない、新規採用ないし他署からの配転により後任を補充すべきであるとの主張に固執して、話合は並行線をたどり、結局組合側の納得はえられなかったが、署当局は、分会に対して、当面臨時の集材機運転手を採用して作業を進めることにしたい、作業上の安全の確保については十分配慮する、なお、今後においても、安全確保について問題提起があれば交渉を継続したい旨申渡して、交渉を終了させた。同年六月七日にも団体交渉が行われたが、話合いに進展は見られなかった。」

三  同二〇枚目裏一二行目の「集材機運転免許証」を「集材機運転士認定証」と改め、同末行の末尾に続けて、「(なお、右の機械等使用職員の認定は、原則として、営林局長の定める所定の学科試験及び実地試験による考査に合格した者のみに与えられるものであって、営林局長または営林署長は、右認定を受けた者以外の者に機械の運転をさせてはならない旨定められている。)」と付加する。

四  同二一枚目裏八行目の「右認定」を「証人東紘一、同永井深吾、同椎葉靖、同那須秋紘の各証言及び控訴人本人の供述中右認定に反する部分は採用し難く、他にこれ」と改め、同一二行目の冒頭「六」の次に「条」、同二二枚目表三行目の「原告を」の次に「右法令に定められた」をそれぞれ挿入し、同四行目から次行にかけて「営林署長が右の各法令による」を「所掌事務を統轄する営林署長がその」と改め、同二三枚目裏一三行目「成立」の次に「(甲第一一号証については原本の存在成立)」を加え、同二四枚目表末行の「各種の資格」から同行の末尾までを「営林局長から集材機運転の有資格者である機械使用職員の認定を受けていたものであったうえ、署当局は更に同人に対し」と改め、同二五枚目表一行目の末尾に続けて、「甲第八号証の存在その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌しても、右判断を左右するに足りない。」と付加し、同二五枚目裏二行目の「同梅木登茂二」の次に「当審証人椎葉靖」、同行の「原告本人尋問の結果」の次に「(ただし、証人東紘一、同永井深吾、同椎葉靖の各証言及び控訴人本人の供述中後記信用しない部分を除く。)」、同二七枚目表一二行目の「同永井深吾、」の次に「同椎葉靖、」をそれぞれ挿入する。

五  同二九枚目表五行目の「証人永井深吾、」の次に「当審証人椎葉靖、」同末行の「証人永井」の次に「同椎葉」をそれぞれ挿入する。

六  同三〇枚目表一〇行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「更に、控訴人は、集材作業は相当の危険を伴うものであり、安全を図るため作業主任者、班長、集材機運転手のチームワークが必要不可欠であるのに、集材機運転手に臨時の作業員を当てるという、従前かつてなかった異例かつ危険な試みがなされたのであるから、右臨時運転手に一定の安全教育が施されていることなどについてなんら知らされていなかった控訴人としては、右臨時運転手によって集材作業をなすときは労働災害発生の危険があると信じたものであり、また、かく信ずるにつき相当の理由があったというべきであり、したがって、作業主任者の業務を拒否した控訴人の行為は正当な理由に基づくものであり、債務不履行責任は生じない旨主張するので、以下判断を加える。

集材作業は相当の危険を伴うものであるから、安全を図るためには作業主任者、班長、集材機運転手のチームワークを必要とするものであることはいうまでもない。しかし、新規採用、配置換え、臨時雇の何れであっても、新たに作業班に配置された集材機運転手との間において新たなチームワーク作りを必要とする点に関し、なんら差異はないのであるから、特に臨時雇の集材機運転手との間においてのみ安全確保のためのチームワークが保てないとする控訴人の主張には、到底左袒し難い。

また、原審における控訴人本人の尋問の結果によれば、控訴人は昭和二一年五月、多良木営林署職員として採用され、以来同営林署管内において林野事業に携って来たものであることが認められるから、営林署においては、所定の考査に合格して営林局長から機械使用職員の認定を受けた者にしか、集材機等の機械の運転に従事させない制度をとっていることを知悉していたものと推認され、したがって、控訴人は、永田屯が臨時の集材機運転手であっても署当局から集材機運転に従事することを命じられている以上、右の機械使用職員の認定を受けた者であることを知っていたものと考えられる。

また、永田屯は、臨時の集材機運転手として採用された後、署当局から施設等の状況説明、練習運転、安全教育を受けたこと、昭和五一年六月八日、一一日の両日に亘り、牧良製品事業所の作業区域内において永田の運転で機械集材作業が行われたが、作業は順調に行われ、現場の作業員から苦情もなかったものであることは、前判示のとおりである。控訴人は、同一事業所内において作業員として稼働していたのであるから、右の事実をなんらかの方法で知っていたものと推認され、右の事実を全く知らなかった旨の控訴人の供述はにわかに採用し難い。

控訴人は、作業主任者に選任されて、集材作業の安全に配慮して作業員の配置等を定め、もって労災事故の発生を防止すべき責務を負っていたのであるから、若し仮に、永田屯の運転による機械集材作業の安全性に関わりのある前記各事実を知っていなかったのであれば、同人の集材機運転手としての資格の有無、経歴、経験年数、事前の安全教育の実施の有無、現場作業施設等に関する知識の有無等について、本人ないし署当局に問い合わせる措置に出るべきであり、右の措置に出ればこれを容易に知りえたものと認められる。

しかるに、控訴人は、右の措置に出ることなく、臨時の集材機運転手では作業の安全を保てないとして作業主任者辞令返上の申出をなしたのみで、作業主任者としての職責を果たそうとする態度を全く示さなかったのである。

以上のとおりであるから、控訴人の本件作業主任者の業務拒否について正当の理由があったものということは到底できない。」

七  同三一枚目表一行目の冒頭から一一行目の末尾までを次のとおり改める。

「そもそも、賃金請求権は、雇傭契約上の使用者の労働指揮権のもとに労働者が使用者の明示または黙示の指揮命令にしたがった労務の提供(債務の本旨にしたがった労務の提供)をなすことにより、その対価として取得するものである。しかして、国家公務員は、国家公務員法九八条一項により、上司の職務上の命令に忠実にしたがう義務を負うのであるから、法令にしたがい、かつ、上司の明示または黙示の指揮命令にしたがって職務に従事することが、債務の本旨にしたがった労務提供行為となるのである。国家公務員が、上司の職務命令に反し、殊更指示された以外の業務に従事しても、それは債務の本旨にしたがった労務の提供とはならず、賃金請求権は発生しない。したがって、控訴人が本件業務命令に反して、作業主任者の業務に従事せず、指示外の土場の掃除、盤台上での枝打ち等の作業に従事しても、控訴人の賃金請求権は発生しないと解するほかない。」

八  同三三枚目表九行目の冒頭から三四枚目裏五行目の末尾までを次のとおり改める。

「控訴人は、生産手の格付賃金と作業主任者の一〇パーセント加算額とはその性質を異にする旨主張して、生産手としての賃金額のみの支払を請求するので、付言するに、控訴人は、機械集材作業が予定され、作業主任者の業務に従事すべきことが命じられている時間帯にこの命令にしたがわず、作業主任者として職務を行わなかったものであることは前記のとおりであるから、たとえ右時間帯において生産手としての労務を提供したとしても、それは到底債務の本旨にしたがった労務の提供ということはできないのであって、その対価としての賃金請求権は発生しない。このことは右の一〇パーセント加算額の性質の如何になんらかかわりないことである。したがって、生産手としての格付賃金と右一〇パーセント加算額とはその性質を異にするから生産手としての格付賃金の支払を求めうる権利を失うものではないとの控訴人の主張も失当というほかない。」

以上のとおり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蓑田速夫 裁判官 金澤英一 裁判官 吉村俊一)

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